向野 義人
福岡大学スポーツ科学部教授(所属は掲載時のものです)
健康づくりが急務とされている企業体を対象にM-Test(経絡テスト)に基づいた鍼治療の効果を検討した。この方法は簡易に研修できるとともに診断治療に要する時間が短時間ですむ特徴とともにこれまでの鍼灸治療と比べても遜色ない治療効果を期待できるという利点を有している。
企業は生活習慣病罹患による医療費の増加や休業日数の増加による生産性の低下などから健康づくりが急務とされていることから、これを対象にして鍼治療が健康づくりに役に立つかどうかを免許取得後2年以内の鍼灸師が主体として参加するチームで検討することを試みた。
大手企業の中の肉体労働を主体とした一事案所(245人平均年齢53才)の中で頚や肩や腰などの運動器に痛みのある人の中から鍼治療を希望した152人を対象として鍼治療を行ったが、登録だけをして受診しなかったものや数回の治療で改善して受診しなかったものがいたため、治療を継続し、最終受診日に受診していた117名について鍼治療の影響を検討した。治療は週1回ないし2週に1回とし、事業所に出向いて行ったため、生産ラインに影響を及ぼすことはなかった。
図1に治療8週後の腰痛や頚肩痛などの痛みの主親的尺度を示したが、痛みが受診時の2割以下にまで減少したのは頚肩痛で48%、腰痛で47%、膝痛で60%であり、痛みが半滅したものはそれぞれ79%、71%、90%に達した。
M-Test(経絡テスト)の陽性所見も顕著に減少していた。アメリカの精神科医が開発した気分を調べる心理検査であるPOMSテストによる検討では、緊張、抑うつ、怒り、疲労、情緒混乱のスコアは有意に減少し、鍼治療の導入により情緒の安定や疲労の軽滅などを達成できた。
血圧を同時に観察したところ、高血圧者では収縮期血圧およぴ拡張期血圧ともに有意に減少した。一方、高血圧でない血圧群では収縮期血圧には変化がなく、拡張期血圧は有意に上昇した。しかし、正常血圧の範囲であった。
この2ケ月の鍼治療が病院などの診療機関への受診や医療費にどのような影響を与えたかを知るためにレセブトによる追跡調査を行った結果を図2に示している。
4月から10月までの運動器疾患による受診日数の平均が89回であったのに対して11月、12月は平均38日であり半分以下になっていた。運動器疾患の4月の医療費を1とし、それに対する比で表すと4月から10月の運動器疾患の医療費は平均1.03であり、11月および12月の平均は0.18であった。鍼治療期の運動器疾患の医療費が約1/5にまで減少した事を示しており、鍼灸治療の導入で医療費削滅が達成できる可能性があると考えられた。
わずか2ケ月の試みでしかないが、医療費の削減に加えて痛みの軽滅や情緒の改善なども達成できており、M-Test(経絡テスト)を用いた鍼治療は健康づくりが急務とされている企業体において今後十分に役立つと考えられた。伝統的な健康の知恵である鍼灸により未病治を達成させるとの考え方の中には運動を介して最大酸素摂取量を増加させ未病治を達成するとする現代の考え方と同時に経絡概念を基盤として人の健康維持増進を計るとの考え方も内包されており、鍼灸の未病治に果たす今後の役割が期待される。