動きに伴って誘発される痛みや愁訴を容易に軽減させるためには、その動きの際に伸展される部位に分布する経絡を治療対象とする事が最も効果的であることを我々は多くの例で観察してきた。この観察をもとに、症状と関連の深い経絡を容易に迅速に判断できる動きの負荷法を考案し、M-Test(経絡テスト)と命名した。この方法では単関節おける負荷に対する反応から異常経絡を判断する事を診断の基本原則とする。また、経絡分布の特徴を考慮に入れ、単関節の反応を組み合わせながら多関節にわたる伸展異常を判断する。負荷で痛みやつっぱり感などが誘発されるとき、その際に伸ばされる経絡に伸展阻害があると判断し、その経絡に治療する事を治療の基本原則とする。ここでは、各関節毎の負荷法については割愛し、経絡分布の特徴に基づいた分析法を紹介する。
(1)前面の経絡に対するテスト法
1)上半身の経絡に対する分析(図6)
頚の負荷法は1、2、3の動作で代表されるが、1の動作では上肢の経絡に加えて、下肢の経絡である胃経や任脈などに負荷がかかる。頚部の動作2では大腸経に負荷がかかり、肺経への負荷の存在を疑うには、動作3の様に頚を回旋する。動作5においては、肺経・大腸経が伸展される。この際、6のように肘を軽く曲げると肘から前腕にかけての負荷を最小限に出来るので、この姿勢で肩の伸展をより強くすると、肘から肩へかけての肺経・大腸経の負荷ができる。動作4では手関節周囲の肺経・大腸経に伸展負荷がかかる。
2)下半身の経絡に対する分析(図7)
1の動作では下肢前面の脾経・胃経および躯幹の任脈に伸展負荷がかかり、上肢では肩前面から上腕橈側にかけての肺・大腸経に伸展負荷がかかる。一方、腹臥位で負荷を行う2、3の動作では躯幹前面の負荷の影響が最小限となっている。2の負荷と3の負荷の組み合わせで、大腿前面の伸展が阻害されているか、下腿前面の伸展阻害があるか判断できる。例えば、2の動作で痛みや違和感が誘発され、3の動作で誘発されないときには大腿前面の伸展阻害があると判断する。動作4では、足関節前面の伸展負荷を判断する。
(2)後面の経絡に対するテスト法
1)上半身の経絡に対する分析(図8)
頚の負荷法は1、2の動作で代表されるが、1の動作では上肢の経絡に加えて、下肢の経絡である膀胱経や督脈に負荷がかかる。小腸経を分析するには、動作2 を行う。動作4では肩の後下方に分布する心経・小腸経に伸展負荷がかかる。この際、5のように肘を軽く曲げ、肩の屈曲をより強くすると、肘から肩へかけての心経・小腸経の負荷ができる。動作3では手関節周囲の心経・小腸経に伸展負荷がかかる。
2)下半身の経絡に対する分析(図9)
1の動作では下肢後面の腎経・膀胱経および躯幹背面・頚部後面の膀胱経および督脈に伸展負荷がかかり、上肢では肩後面から尺側の心経・小腸経に伸展負荷がかかる。一方、背臥位で負荷を行う2、3の動作では躯幹背部の負荷の影響が最小限となっている。動作4の負荷では足関節周囲の腎経and/or膀胱経の伸展阻害を判断する。動作2の負荷と動作3の負荷の組み合わせで、大腿後面の伸展が阻害されているか、下腿後面の伸展阻害があるか判断できる。
(3)側面の経絡に対するテスト法
1)上半身の経絡に対する分析(図10)
頚の負荷法は1の動作で代表されるが、この動作では上肢の経絡に加えて、下肢の経絡である胆経にも負荷がかかる。動作2、6のように上肢を水平位にして肩を外転したり内転する動作では心包経や三焦経に伸展負荷がかかる。肘から肩にかけての負荷を判断するには、3や7の動作のように肘を軽く屈曲して同様な負荷を行う。動作5、9では手関節周囲の三焦経・心包経の負荷を判断できる。
2)下半身の経絡に対する分析(図11)
2の動作では下肢外面の胆経および躯幹側面・頚部側面の肝経・胆経に伸展負荷がかかる。7の負荷で下腿外側などのつっぱり感などが誘発されるときには、足関節周囲の胆経の伸展が悪いと判断する。5の負荷では、下肢外側and/or内側の伸展が阻害されているかどうか、つまり胆経and/or肝経の伸展阻害があるかを判断できる。下肢の外側ないし内側の負荷を判断する負荷として3と4を用いる。1の動作では体の中心である督脈のねじれと伴に側腹部や殿筋部に分布する肝胆経(帯脈を含む)が伸展されると考える。
ここに示した負荷動作においては、それぞれ伸展負荷を受ける部位が異なるので、どの負荷で痛みが誘発されるあるいは増強するかによって治療すべき部位を決める事ができる。
図12のような負荷順序を用いるとM-Test(経絡テスト)をスムーズに行え、治療すべき経絡の判断が容易になる。
M-Test(経絡テスト)を用いる事で様々な治療システムおける効果を動きの改善という共通の面から評価できる。さらには、動きの制限に変化が見られたときには治療の変更や新たな追加あるいは不必要な治療の中断などを容易に判断できるので、変化する病態にも対応できる。その結果、治療指針が立てやすくなる。同時に、西洋医学的方法論による治療効果との比較を可能とするので、診断技術や治療技術を共有できるスタンダ−ドな方法の一つとなり得ると考えられる。
治療穴を選択したり、刺激手技をどのように選ぶかは個人の臨床経験に基づいて行えばよい。