向野 義人
福岡大学スポーツ科学部教授(所属は掲載時のものです)
スポーツ鍼灸に関心の深い先生方とともに発足した「スポーツ鍼灸医科学懇話会」の大きな目標であったユニバーシアード福岡大会の期間中に開催される「大学スポーツ研究会議」でのスポーツ鍼灸の有用性のアピールと、大会での鍼灸治療のボランティア活動が現実のものとなった。
ユニバーシアードとは「学生のオリンピック」を意味し、「大学スポーツ研究会議」はユニバーシアードの一部として、大学体育・スポーツの科学的研究、研究者の情報交換を通じて、大学体育・スポーツの発展に寄与することを目的として組織され、第1回から開催されてきた。
会議では最新の装置や機器を駆使してビジュアルなデモンストレーションを行ってコーチングに応用可能な手法・技術に関する解説をする4つのクリニックが計画され、その一つとして競技力向上のための鍼灸の応用が取り上げられた。長いユニバーシアードの歴史の中で鍼灸が会議の中で取り上げられるのは今回が初めてであった。
スポーツ鍼灸の有用性を正しく認識してもらうためには、最先端の基礎研究や臨床研究を発表することが必要であり、多くの先生方にご協力をいただき長年にわたり手がけてきた研究や調査を発表していただき、この会議においてスポーツ鍼灸の地位を確たるものとできた。また、これらの発表は『スポーツ鍼灸論文抄録集』(A4、105ページ)として発刊することができた。
鍼治療にいたっては当初、選手村での公式な治療サービスを組織委員会に働きかけていたが、医事委員会から「No」の返事が届き、断念せざるを得ない状況であったが、ボランティア組織にほぼメドがたっていたこともあり、関係者の会議にはたらきかけ、非公式ではあるが選手村の外に会場を確保して行うことになった。
治療室を開設したのは長期滞在型ホテル「ハイアットレジデンシャルスイート福岡」で、選手村との間に約3kmもの距離があり選手たちが来てくれるかどうか心配されたが、プレスセンターがホテルの近くに開設されたこともあって、新聞各社の取材やテレビでの報道により国内向けには十分な宣伝をしていただき、各選手団に対しては研究会議でパンフレットを手渡したり、選手村に出入り可能なスタッフがビラを貼り情報を流すことにした。
こうして我々の大会での診療が始まった。診療室を訪れた外国人は選手41名、役員12名で、中にはオリンピック代表選手なども含まれていた。ほとんどの人が初めての鍼治療で、コンディショニングの調整のために受診した人、物珍しさから受診した人さまざまであったが、鍼治療で筋肉のこりが一瞬にしてなくなると、表現の差こそあれ皆一様に驚いていた。中には、コーチから鍼治療の許可がもらえず内緒で訪れた選手もいた。
そんな中でもっとも印象に残っているのは、イタリアの女子陸上選手であった。彼女は5,000m決勝を控えた二日前、「眠れない、下肢が痛い」と訴え落ち込んでいた。そんな彼女が鍼治療を受けた翌日まるで人がかわったようにはつらつとし、しかも決勝では見事二位、シルバーメダルを獲得したのである。翌日わざわざメダルを持参し満面の笑みで喜んでくれた。以後多くのイタリア選手の受診が続いた。
不安のうちに開始された診療であったが、マスコミ各社の取材やイタリア選手のシルバーメダルとその感謝の来訪、最終日の休む暇のないほどの忙しさに本大会においてスポーツ鍼灸の有用性に確かな手応えを感じた。