第2章 M-Test(経絡テスト)
2-2.上半身・下半身の経絡分布に対応した分析
人の動きは、多関節・多軸にわたる上に、一つの動きに全身がすみずみまで一緒に動いている。これら一連の動きの一部にでも動きを制限する要因があると、動きの円滑さが失われ、痛みなどの症状がおこってくる。この場合、動きの制限を受けている部位とは異なった部位に痛みなどが出現する事がしばしば観察される。いわば痛みは偽のサインであり病変部位でない事が多い。頚の痛みであっても頚にはなんらの異常はなく上肢の動きの制限が痛みを引き起こしていたり、腰痛を動きから分析すると足首の動きの制限に負荷をかけたときにのみ誘発できるなどの症例に遭遇する。そのため、上記に述べてきたような単関節の動きの分析にとどまらず、個別の経絡を対象とした分析が必要となる。その場合、図2-14に示した様に上下肢の表裏経と同名経に類似の影響が及ぶので、上肢・頭頚部・躯幹上部と下肢・腰部・躯幹下部に対する分析をセットにすると臨床上有用である。この分析をもとに治療を組み立てると、人の姿勢や動きが上半身と下半身とのバランスで成り立っている事がよく理解できる。たとえ、症状が上半身に限局していても、難治性の場合は上半身に対する治療のみではどうしても効果をあげることができない場合がある。この様な時に、下半身に対する分析を行うと動きの制限のある経絡を見いだすことができ、効果を得ることが可能となる。この項では上肢・頭頚部・躯幹上部と下肢・腰部・躯幹下部の分析法について述べる。
2-2-1.上肢・頭頚部・躯幹上部に対する負荷法
頚部には前頚部に陽明経(大腸経、胃経)、側頚部に少陽経(三焦経、胆経)、後頚部に太陽経(小腸経、膀胱経)の同名経分布があり、上肢・下肢の経絡が同時に分布しているという特徴がある。上肢においては大腸経、三焦経、小腸経と密接な関連を有する表裏経である肺経、心包経、心経が存在する。また、肺経、心包経、心経の同名経も下肢に分布しているという構成になっている。
さらに、前頚部の中心から会陰にかけては任脈、顔面部から後頚部の中心、脊柱中心を経て会陰に及んで督脈が分布する。そのため、上半身は下半身の影響を強く受けていると考えられ、上半身に対する分析においては下半身の影響をも考慮に入れておく必要がある。
(a) 上肢尺側(内側)・頭頚部後面・肩背部に対する負荷法

頭頚部後面・肩背部には上肢の経絡である小腸経に加えて下肢の経絡である膀胱経および躯幹の経絡である督脈が分布している。小腸経を分析するには、まず、頚部の動作1を負荷してみる。この動作で症状が増悪したり誘発される時には、上肢内側に分布する小腸経と心経の負荷を行う。動作2の様に肩を屈曲した際には、肩の後下方に分布する心経・小腸経に伸展負荷がかかる。肩の外旋の要素が強い場合、小腸経が伸展され、内旋の要素が強いときには心経が伸展負荷を受ける。この際、肘を軽く曲げると肘から前腕にかけての負荷を最小限に出来るので、この姿勢で肩の屈曲をより強くすると、肘から肩へかけての心経・小腸経の負荷ができる。動作3の様に肘を屈曲して肩を外旋する負荷も肘から肩への同様な負荷となる。肘周囲の心経・小腸経の負荷を行いたい時には動作4の様に、肘を回外する。 動作5を負荷すれば手関節周囲の小腸経・心経に伸展負荷がかかる。それぞれの負荷で、主として伸展される部位が異なるので、異常部位を明らかにできる。下肢の膀胱経や躯幹の督脈の直接的な影響を観察したいときには、動作6のように頚部前屈負荷を行う。膀胱経の下肢部分からの影響を知りたいときには、下肢膀胱経に対する負荷テストを行う。
(b) 上肢橈側(外側)・頭頚部前面・前胸部に対する負荷法

頭頚部前面・前胸部には上肢の経絡では大腸経・肺経に加えて下肢の経絡である胃経および躯幹の経絡である任脈が分布している。大腸経を分析するには、まず、頚部の動作1を負荷してみる。前胸部に分布する肺経への負荷の存在を疑うには、動作2の様に頚を回旋する。動作3においては、表裏経である肺経・大腸経が伸展される。肩の外旋の要素が強い場合、肺経が伸展され、内旋の要素が強いときには大腸経が伸展負荷を受ける。動作3の際に、肘を軽く屈曲し、肩の伸展をより強くすると肘から肩にかけての負荷を判断するのに好都合となる。あるいは、動作4の様に肘を屈曲して肩を伸展し、肩関節を内旋負荷する事で、肘から肩にかけての負荷を判断する事もできる。肘周囲の肺経・大腸経の負荷を行いたい時には動作5の様に、肘を回内する。 動作6を負荷すれば手関節周囲の大腸経・肺経に伸展負荷がかかる。下肢の経絡である胃経や躯幹の経絡である任脈の直接的な影響を観察したいときには、頚部後屈負荷を行うといい。胃経の下肢部分からの影響を知りたいときには、下肢胃経に対する負荷テストを行う。
(c) 上肢前後面・頭頚部側面・肩に対する負荷法

頭頚部側面・肩には上肢の経絡である三焦経に加えて下肢の経絡である胆経が分布している。三焦経を分析するには、まず、頚部の動作1を負荷してみる。この動作で症状が増悪したり誘発される時には、上肢前後面に分布する三焦経と心包経の負荷を行う。動作3のように上肢を水平位にして肩を内転する動作では肩の外側の三焦経に伸展負荷がかかることになる。また、肩甲間部や肩胛骨下方も伸展され、下肢経絡である膀胱経にも負荷がかかることになる。一方、動作4で見られるように肩を外転する動作では肩の内側の心包経に伸展負荷がかかる。肘から肩にかけての負荷を判断するには、肘を軽く屈曲して同様な負荷を行えばよい。肘周囲の三焦経・心包経の負荷を行いたい時には動作5、6の様に、肘を屈曲するか伸展する。
動作7、8を負荷すれば手関節周囲の三焦経・心包経の負荷を判断できる。下肢の経絡である胆経の影響を知るには、次項で述べる下半身の負荷テストを行うといい。