第1章 経絡と動き
1-2.経絡の動きの制限と病気
1-2-5.経絡の動きを制限する要因
ある局所の動きに制限が発生すると、その局所と経絡に沿って関連づけられる部位の動きの制限が引き起こされる。例えば、顎関節の動きに制限があると、多くは同側の頚部、上下肢に影響が及んでくる。鍼治療などで、顎関節の動きの制限を改善させると、影響は頚部や上下肢にまで及ぶことが観察される。経絡の動きの制限を引き起こす要因は様々であり、これまで著者らが観察してきた要因について述べる。
(a) 筋緊張、硬結、筋疲労など
日常的に繰り返す生活動作や繰り返し行った動作がその主動筋に緊張および疲労を引き起こした場合あるいは皮膚の伸展性に影響を及ぼした場合に、それに対応する経絡の分布に沿う動きの連動に影響が生じる。例えば、長時間の起立、重い鞄を運ぶ、OA機器を使う、長距離ドライブをする、繰り返し同じ練習をするなどに際して、最も負荷のかかった部位に対応した経絡に沿って動きの制限が生じるなどである。また、慢性疲労などで硬結がすでに存在する場合にも同様な動きの制限が生じ、これに上記の様々な要因が負荷されると新たな動きの制限が加わる事となる。治療対象となる経穴周辺には皮下に浮腫があることが多く、これらも動きを制限する要因となる。
(b) 緊張などの精神的要因
試合で十分な力を発揮できないなどは、緊張などにより滑らかな一連の動きが制限されるためである。東洋医学で病因として取り上げられている七情(怒り、恐れ、悲しみ、驚き、憂えなど)も経絡に沿った動きを制限すると考えられる。
(c) 日常生活における不摂生
過食、不規則な生活、不自然な姿勢をとる事など様々な要因が動きの制限に関与する。
(d) 気圧や温度・湿度など
気圧の変化、寒冷および高温多湿などの環境要因の変化やOA機器などから生じる電磁波などのもとでも動きの制限が出現する。色に反応して、動きの制限が改善することも観察されることから、色に関わる要因なども制限因子となると予測される。
(e) 手術痕など
手術よる瘢痕は経絡に沿った動きの制限に重大な影響を及ぼしている。急性期には瘢痕に沿って触診をすると瘢痕周囲に硬結のある部分が存在し、術後間もない時におこる様々な痛みや肩の挙上制限などの関節の機能障害には瘢痕が分布する経絡上に引き起こされる動きの制限が深く関わっている。術後数年も経過した瘢痕であっても、急性期と同様な影響を及ぼし、瘢痕のある部位に分布する経絡に沿った動きの制限を生じさせる。頚椎ヘルニアで手術を受け、その後、数年にわたり、発作的な頭頚部痛が出現する症例(図1-16)を示したが、頚部の後屈のみが痛みを増悪させた。手術瘢痕は頚部(胃経上)および骨移植のために腸骨を採取した部位(脾経上)に存在した。頚部の後屈に際して、胃経の伸展が強いられるから手術瘢痕が経絡に沿った動きの制限因子になっている。この例では、表裏経である脾経上の瘢痕も動きの制限に影響を与えていた。頚部および腸骨部位の手術痕周囲への鍼刺激は痛みを消失させると同時に頚部の伸展時の痛みも消失させた。症例によっては、胃経や脾経の伸展阻害が頚部痛とともに腰痛も引き起こしていることがある。

また、脾臓摘出手術をうけた患者の病因のはっきりしない頑固な鼻閉と乾性咳の症例では、頚部の後屈制限があり、手術痕周囲への刺激が後屈制限を改善するとともに、鼻閉や咳も消失した。鍼刺激が胃経や任脈の伸展制限を改善した結果と解釈された。皮膚の動きを阻害するという観点から、火傷などの瘢痕も同様であり、経絡の動きの阻害要因となる。この様に手術や火傷などの瘢痕は経絡に沿った動きの制限を引き起こし、様々な愁訴発現の要因となっているので、治療を組み立てるための情報として重要である。
(f) 病気
中枢神経系の疾患および末梢神経系の疾患ならびに、骨、筋肉、関節疾患は人の動きを制限する重要な要因となる。また、内臓における疾患も動きを制限し、風邪などの一過性のものでも特徴的な動きの制限が出現する。歯痛などの口腔内の疾患や麦粒腫などの眼科疾患においても経絡に沿った動きの制限が出現する。これらの病気を経絡の動きの異常として観察するときに留意すべき事は、各々の病気が本来もたらす動きの制限に加えて日常的に様々な形で上記に挙げた制限要因が関与してくることである(図1-17)。

その結果、疾患を有している場合の経絡の動きの制限は一見複雑な様相を呈する。疾患の治療にはこれらの複雑な様相を解きあかして個々の経絡の動きの制限に対応する必要がある。