第1章 経絡と動き
1-1.経絡分布の特徴と人の動き
1-1-4.表裏経分布の特徴
(a) 上肢
手における経絡分布をみると、手掌側には母指に太陰肺経、第3指に厥陰心包経、第5指に少陰心経といった陰経が分布し、手背側には第2指に陽明大腸経、第4指に少陽三焦経、第5指に太陽小腸経といった陽経が分布している。この陰経と陽経との位置関係は上肢全体において同様な位置関係で引き継がれている(図 1-4)。

陽経と陰経には互いのペアがあり表裏経と呼ばれている。上肢では陽明大腸経(表)と太陰肺経(裏)と、太陽小腸経(表)と少陰心経(裏)および少陽三焦経(表)と厥陰心包経(裏)がそれに相当する。表裏関係を位置関係からみると、陽明大腸経(表)と太陰肺経(裏)、太陽小腸経(表)と少陰心経(裏)のように互いに近接して位置しているものと少陽三焦経(表)と厥陰心包経(裏)のように互いに対立する位置に分布するものとに大別される。この位置関係は動きと経絡の関係を考察する際に重要な意味あいを持つ。例えば、手関節を図1-5のように橈骨側に内転した場合、尺骨側が伸展されるが、この場合、第5指に起始停止のある太陽小腸経(表)と少陰心経(裏)とに伸展負荷がかかる。また、尺骨側に外転した場合には、橈骨側が伸展され、第1指、第2指に起始停止のある陽明大腸経(表)と太陰肺経(裏)とに伸展負荷がかかる。手首を掌屈したときには、少陽三焦経(表)に伸展負荷がかかり、手首を背屈したときには厥陰心包経(裏)に伸展負荷がかかる。

つまり、表裏経は人の動きに際して肺経と大腸経、心経と小腸経におけるように類似の負荷がかかる組み合わせと三焦経と心包経との関係のように互いに対立した負荷がかかる組み合わせとで構成されている。肘や肩(図1-6)においても同様な原則が保たれている。

また、この様な上肢の特徴は同時に下肢の特徴でもある。
(b)下肢
下肢では陽明胃経(表)と太陰脾経(裏)と、太陽膀胱経(表)と少陰腎経(裏)および少陽胆経(表)と厥陰肝経(裏)が表裏経の組み合わせである。下肢においては地機穴より末梢側では太陰脾経と厥陰肝経との位置関係が逆転しているというバリエーションがあるものの位置関係(図1-7)は上肢と原則的に同じで、動きに際しての表裏経への負荷は上肢と類似している。

例えば、膝の動き(図1-8)で見てみると、膝の屈曲では陽明胃経(表)と太陰脾経(裏)が同時に伸展され、膝の伸展では太陽膀胱経(表)と少陰腎経(裏)とが同時に伸展される。また、パトリックテストの様な膝の動きでは、少陽胆経(表)および厥陰肝経(裏)に対立の負荷がかかるが、ポジションを選べば、両経絡に同様な伸展負荷がかかる。

この様に下肢における表裏経においても上肢における動きと同様に類似あるいは対立する負荷がかかる。
(c) 躯幹
躯幹における表裏経の位置関係は上肢や下肢と少し異なる。下肢では表裏経である膀胱経・腎経および胃経・脾経が近接した分布をとるが、図1-9に示した様に、下肢の経絡が躯幹へ移行するにあたり、A・Bの部位で環がはずれた形をとり、腎経は腹壁・前胸壁に、膀胱経は背部に分布し互いに対立の位置関係となる。一方、胆経の側腹部への移行と肝経の側胸腹部への移行によって、肝経・胆経は対立した位置関係から近接した位置関係となる。また、脾経・胃経は下腹部で両経絡が交差して位置が入れ替わるものの近接の位置関係は保たれている。その結果、臍のレベルでの経絡の分布は図に示すようになる。

しかし、表裏経が動きに際して類似のあるいは対立のいずれかの負荷がかかるという特徴を共有する原則は保たれている。